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「ナラティブでつなぐ看護の知」看護現場でのOJT

 独立行政法人熊本医療センターの5西病棟の機会教育(OJT)は、「3人寄ればカンファレンスが始まる」と言われるように、短い時間で、看護の方針の確認、相談がいつでもどこでもできる体制があります。今回、3名の指導者の皆さんにインタビューをする機会があり、驚きと感動の連続でした。指導者の思い、指導の実態を文字に起こしましたので、多くの皆さんとこの感動を分かち合いたいと思います。長くなりますが、興味がある方に読んでいただければ嬉しいです。

1.私と熊本医療センタの5西病棟の看護師さんとの出会い

 私と熊本医療センターの5西病棟との看護師さんの出会いは、部署の看護研究指導でした。5西病棟で働きたいという看護師が多い背景には、後輩を育てようとする組織風土があり、その指導の中身を可視化するという研究でした。小山莉央さん他、皆さんが取り組まれた研究「指導者の関わりが新人看護師の求知心の萌芽を促すプロセス」は、指導者が新人の看護師にどのような思いで、あるいは意図で関わっているかということをインタビューし、質的に分析したものです。そのインタビューのデータを見せていただき、驚きと感動を覚え嬉しくなりました。私も15年前まで同病院で働いていたため、喜びもひとしおです。

     独立行政法人国立病院機構熊本医療センターは、病床数550床の高度総合診療施設で、5西病棟は、腎臓内科、泌尿器科、救急科50床と血液浄化センター20床を併設されています。周術期から終末期看護まであらゆる健康の段階にある患者さんを対象としています。https://kumamoto.hosp.go.jp/

     私が勤務していた時期は、人員配置基準7対1看護体制の導入により多くの新人看護師を採用することになり、教育体制を見直す必要性に迫られていた時期でした。看護師が増えるのは嬉しい反面、指導体制を整えることには緊張を強いられました。集合教育だけではなく、機会教育(OJT)を効果的に行うことが求められていましたが、実際は課題が残りました。今でも、急性期病院に限らず、看護の現場では、OJTが課題となっています。そんな中で、この目まぐるしい病院の中で、理想とする指導がなぜできているかということに興味を持ち、今回、インタビューの許可をいただきました。特に、悩める病院の中間管理職の方に参考にしていただきたく言語化させていただきました。

    2. 看護師さんがいきいきと楽しく働ける職場を作りたい

     私は、長年、国立病院機構で臨床の看護師と看護教員として働いたのち、在宅医療の経験を経て起業しました。起業の動機は、治療を受けて後悔する患者さん、治療をしたくないのに家族の勧めで治療に臨んでいる患者さんを目の当たりにしたことです。患者さん自身が意思決定し治療に臨むことが治療成績にも影響するのではないかと、過去の体験より、思い始めていましたので、患者さんが望む治療を選択し、納得して治療を受けていただきたいという思いがありました。よって、起業当初は、病気の治療をする患者さんの意思決定を支えたい、患者さんが納得して医療を受けられるようにというコンセプトで始めましたが、その後、私の仕事の対象は患者さんではなく、患者さんを直接看護する看護師さんへ変わっていきました。看護師さんが、患者さんの治療の意思決定や人生の選択に関われるよう支援する立場となり、「看護師さんを悦びで満たす」というミッションを掲げ活動をしています。

     看護師さんが喜び、幸せになる取り組みとして、今年から始めたことは、訪問看護師さんの看護の可視化を行っています。以前、在宅医療に携わっていた時、訪問看護師さんのすばらしい看護に触れる機会があり、当事者である看護師さんに、言語化を勧めましたが、多くの看護師さんは忙しく、思いが叶うことはありませんでした。第三者である私がそのお手伝いをすることで、訪問看護師さんへのエールになるのではと考え、すばらしい看護や、これでよかったのかと思う未整理の事例についてインタビューを行い、看護をリアルに言語化することにしました。さらにその流れで、訪問看護師さんだけでなく、臨床においても看護の仕事は忙しくなるばかりで、満足感の割合が低くなる中、看護師さんが懸命に仕事に取組んでいる様子、自身では自覚していないかもしれませんがすばらしい看護をしていることを、言語化することで、看護師さんが喜び、モチベーションにつながるのではないかと思い、活動を続けています。現場の中で看護の達成感や充実感を働いている看護師さんが感じていただければ、看護の質の向上だけでなく、離職の予防にもつながるのではないかと思っています。今後は、私からの発信だけでなく、看護の知を共有する場、発展させる場を持ちたいと考え、陣田泰子先生が聖マリアンナ医科大学病院で実施されていた「ナレッジ交換会」を組織を超えて行うことの許可をいただき、現在、準備を行っています。

    3.看護現場学とは

     「ナレッジ交換会」とは、すぐれた知識をもつナレッジワーカーの看護の知を発掘することから始まります。ナレッジ交換会を、大串正樹先生は、「講義などの一方的なものではなく、看護の知に関心を持った者同士が理解と共感によって知の共有と交換会を行っている場」と表現しています。また、大串正樹先生は、連載「実践ナレッジマネジメント:聖マリアンナ医科大学病院の『ナレッジ交換会』に学ぶ」で、「その知識を共有するためには,「その知識を『コンテクスト』にまでさかのぼって,十分に掘り起こさなければならない。コンテクストとは,その知識が実践される眼前の状況(たとえば,患者の状態)だけでなく,知識の実践者がもつ過去の経験(看護実践など),さらには,その経験を振り返りながら,どのような判断をして知の実践に至ったのかという一連のプロセスをも含んでいる。このコンテクストの共有なくして知識の共有もない。知識とはプロセスであって,断片的に切り取ってしまっては意味がないからである。その人のもっているナレッジを,その思いにまでさかのぼって『発掘』していく。」ことが必要であると述べています。私が面接をしたナレッジワーカーの3名の方の、看護の知の発掘は、本来であれば、何度も面接を繰り返し、コンテクストを深く共有する必要があり、十分であるとは言えませんが、今回は、3名の方のよき指導の背景にある共通するものを文脈にしてみました。

     さらに、「看護の知を発掘」する上で、看護現場学の視点が重要になります。図に示しましたが、学び方には学生が机上で学ぶ方法として、最も多い、テキストから学ぶ演繹的学習法と実践から学ぶ帰納的学習法があります。陣田泰子先生は、実践家にとっては帰納的学習法が重要で、それを「看護現場学」と名づけられました。看護現場学は認識の3段階で説明されます。以下に図示しましたが、陣田泰子先生の著書「リーダー、マネジャーのための看護実践の概念化が身につく看護現場学」の言葉を引用すると、「現象だけを見て動く看護師と現象を見て『看護の大事なところがここ(本質)だから、ここに向かうにはどうしたらよいか』と自問自答しながら考えて行動する看護師との違い、つまり行動が認識に導かれている点に質的違いが出てくるのです。」と説明されています。認識ののぼり、おりをサポートできるか否かがチームの看護の質を決定すると言ってよいでしょう。

     ここでは、指導者が新人看護師を指導する視点で見ていきましょう。看護の現場は、計画通りの業務ではなく、緊急や予期せぬ出来事への対応など、目まぐるしい状況の中にあります。新人看護師を指導する看護師は、そのような現象の渦巻く現場で、何を大事にし、指導するかという指導者の視点がなければ、そのチャンスはそもそも生まれないでしょう。つまり、陣田泰子先生の看護現場学で核となる帰納的学習法、言い換えると概念化能力が備わっていないと効果的な指導はできないということになります。指導者と新人看護師に限らず、リーダーとメンバー看護師の関係では、リーダーの概念化能力が求められ、看護師長と看護師の関係性では看護師長の概念化能力が必要になります。陣田泰子先生は、「認識と行動の行き来をしていない人の実践、つまり抽象化・概念化のできていない看護実践は単なる業務の遂行に違いない」と言われているように、今の臨床だけでなく、看護の現場で、概念化能力を持った指導者を育てることが、よき看護師を育てるという好循環につながると思っています。

     基礎教育を終えた新人看護師は、看護とは何かを現場で統合していくのですが、その間もなく次々に新しい課題にぶつかり、考えていた看護とは違う、看護ができないと思ってしまうことが多いのが現状です。あるいは、「単なる業務の遂行」で経過し「看護とは何なのか?」意識しない日々を送ることにもなるでしょう。そんな窮地を救い、一緒に看護を考える場を作り出すのが先輩看護師の存在です。今回、卓越した看護師の指導観の背景には、看護観を形成した様々な体験が隠されていました。その中身を紐解くことで、臨床の現場で活用できるヒントになればと考えています。

     概念化の図を以下に示しましたが、今回の5西病棟の新人看護師への指導の場面では、指導者は看護で大事な部分、本質と結び付けたいと思っているので、現象をキャッチし、「どうして、その行動をとったの?」と新人看護師に質問をすることができます。質問の結果、指導者が求める本質の部分と違っても、新人看護師が目指す本質の部分を確認しながら、「そのためには、どうすればよかったと思う?」と一緒に考えていく姿勢を持つことで、認識ののぼりおりをすることができます。認識ののぼりおりをすることで、新人看護師は「何のためにしているのか」を意識し、「目的のためには、違ったアプローチがある」ということに気づくことができます。

    4. 5西病棟の指導者の知の発掘(インタビュー内容から)

     ナレッジワーカーの3人の方のインタビューをまとめました。インタビューの視点は「指導者としての姿勢とその背景にある看護のこだわり」としました。

    「」は発言として表現しています。

     5西病棟の特徴は、「誰かが立ち止まれば、次々と人が集まり、3人寄れば、廊下でもカンファレンスが始まり、5分で解決策を出され、すぐに患者さんにもどります」と言われるように、迷い、疑問に思った時にすぐに相談できる環境があります。つまり、いつでも相談を受け入れる、相談していいという暗黙の了解があります。 

    インタビューに応えていただいた看護師さん(左より田中さん、深山さん、杉谷さん)

     深山さんは、看護師経験19年目で、透析認定看護師であり副看護師長の役割をとられています。お話を聴く前も「今も何人もの看護師と話をしてきました」と嬉しそうに話されました。

    当たり前と思っていたカンファレンスの在り方が、当たり前ではなかった

    田代:どのような内容の相談を受けることが多いですか?

    深山:「答えを求める聴き方ではなく、どちらかという『患者さんがこんな思いでいるんだけど』、  『先生と思いの違いがある』などの看護をしている上での悩んでいることが多いです。また、嬉しいことの報告も多いです。この風土は当たり前と思っていたけど、それが当たり前でないことが最近わかりました。休憩時間も看護の楽しさと悩みの話が多いです。」

    田代:以前からそのような環境はあったのですか?

    深山:「私が5西に行ったときは、当初、カンファレンスは時間がないからしなくてもよいという風土だったのでしたことはありませんでした。

    田代:どのようなことからカンファレンスの習慣ができていったのでしょうか?

    深山:「実は、私が一番看護で悩んでいたかもです。だからまずは自分で勉強してみようと思いました。副看護師長になった時も、悩んだので、管理の勉強をしてみようと思いました。次にそれでも、患者さんの思いに応えられないと思って。専門性を求めて勉強しました。振り返ってみると、『看護で悩んだ時が常に何か変わらないといけない』と思ったきっかけでした。悩みを打ち明ける場がカンファレンスのようになっていったと思います。」

    目指すべき看護のありかたを模索する

    田代:どんなことで悩んだのですか?

    深山:「最初に立ち止まったのは、透析室に配属され、患者さんが満足している人が少ないなと思ったことでした。『なぜ透析に至ったのか?』、『何でこんな体になったのか?』『もっと早く知りたかった』という患者さんの言葉を聴きました。その当初、回路を組んで透析することが看護だと思っていたので、『透析の選択肢を与えられていない』ということに申し訳ないと思いました。そして、そこで自身が、正しい情報を伝えられないのももどかしいと思いました。だから、専門性を身につけ患者さんに応えたいと思ったのが認定を取るきっかけでした。私たちは、回路を組んで回すのが看護と思っていたけど、実際、患者さんは自分のこととして思っていなかった。それって、もっと看護のやり方を変えないといけないと思いました。」

    「杉谷さんと、患者さんがこんな辛い思いをしているなんて、目指すべき看護のありかたではないよねと常に話し合っていました。二人で、もっと還元できる能力を身に着けようとセミナーに行っていました。だから、最初から、この風土があったのではく、むしろ急性期の看護をしていると勘違いして鼻高でした。」

    その頃、同じ悩みを持つ同僚の杉谷さんの存在が大きかったと話されます。同じ勤務になかなかなれないお二人は、交換日記で疑問を共有されていました。同じ感性で、現状をキャッチでき、それを疑問に感じることができたからこそ、本来のあるべき看護の姿は何なのか、模索するに至ったと考えます。その時点で、答えとなるものを導き出せず、内発的に専門性を身につけよとした行動をとられたのだと思います。

     専門的知識は必要不可欠なものですが、それ以前になぜ、「看護のやり方を変えなければいけない」と思ったかが重要です。なぜそう思ったのか、コンテクストを探ります。

    深山さんの根底にある看護観を形成した看護場面

    田代:忘れられない看護の場面がありますか?

    深山:「私がまだ、認定看護師になる前のことでしたが、50歳代の肝硬変による難治性腹水、の患者さんです。熊本県内の病院で、透析はできないと言われ、当院に助けを求めて来た患者さんです。医師からどうしようかと相談されました。文献を調べ、透析は難しくても、腹膜透析で命を救えることがあるということを知りました。当院しかチャレンジできないのであれば断るべきではないと思いました。医師にはチャレンジしないと患者さんは納得しないと思うからがんばってみてもよいのではと答えました。余命は短いかもしれないけど、満足する人生を送れるためにと考えました。患者さんは、子供さんもいて、仕事もしていて、親の介護もしていました。『一日でも長く生きたい』、『家族のために』、『楽しみたい』という人でした。話し合いの末、腹膜透析をすることになりました。患者さんは、腹膜透析をしながら働き、温泉に行き、嵐のコンサートも行き『いっぱい行けたよ』」と喜ぶ姿が見られました。3年後に亡くなられ、短かったけど一生懸命関われた事例だした。技師さんや看護師全員で、温泉に行くときは保護をどうしようかと考えました。亡くなった後、家族から感謝の言葉を告げられた。この症例は一生懸命関われた事例だったし、こうあるべきだなと思った事例でした。

    この事例から学んだことは、患者さんの生活や満足は絶対、無視できないと思いました。今までは医療者の満足度だったということに気づきました。このころ、医療は治療目標を達成することが重視さていたので、後に、『何でこんな人に、なぜ腹膜透析したの?』と言われました。『一日でも長くいきたい』という患者の希望、患者が後悔しないように選択したことは、医療者の満足を満たすものではなく、患者の満足度を高める医療だったと思いました。

     忘れられない看護の場面は、深山さんの「看護とは何なのか?」を思い出させてくれたものになったと思います。管理の勉強や、セミナーに行って学んだことではなく、これまで経験した深山さんの看護観に導かれています。熊本医療センターに希望を持ち受診をされた患者さんにどのような医療を提供できることが、患者さんに応えることになるのかと、治療だけの視点ではなく、患者さんを丸ごと捉え、医療者の満足ではなく、患者さんの満足につながらなければ、医療者の存在の意味はないと実感されています。この患者さんに出会う前から、大切にしている部分だったように感じました。続けて思いを聴いていきました。

    田代:医師もすばらしいですね。深山さんに相談されるとは。きっと、深山さんに相談したいと思わせるものがあったのでしょうね。今、仕事をするうえで、大事にしていることがありますか?

    深山:「その先生とは、いつも治療の選択を含め、どうすることが患者さんにとっていいのかよく相談されたり、相談したりする存在でした。」                                 「私は昔から、透析の患者さんに対して、体重増加が多い人、コントロールできない人はセルフケアができない人というレッテルを貼るのが好きではありませんでした。『わからずや』、『くせものと』いう言葉が嫌いでした。話をしてみたらそうではないのにと思う方ばかりでした。そうさせているのは、少なからず、医療者が伝えていなかったり、伝え方、方法が違うと考えないといけないのかなと思っていました。常に、患者さんのこれまでの生き方や大切にしていることを考えるようにしています。ここの軸だけは大切にしたいので、後輩にも、口で伝えています。ドライウエイトが何?達成できたから何?体重が減っていたら、何か食べられない理由があったのでは?体重が1日増えたのはその時何か楽しいことがあったのでは?と必ず、生活に目を向けられるように後輩には声をかけている。

    田代:もう少し、そのように至った背景を聴いてみる

    深山:「そもそも私は透析室の環境が好きではなかったのです。透析室に看護が必要なことはあるのか?と思いました。透析を回すだけなら、技士さんでもよいのではと思いまし。最初からおかしいと思っていました。鼻高だった時の透析看護はありえない環境でした。何のために看護師がいるのだろうと思っていました。これって看護師がいる意味って何だろう?と思っていました。錯覚をしていました。急性期における透析患者のフィジカルアセスメントは得意でした。そんななかに『何で俺は透析しているのか?』と言われた患者さんがいたことで悶々とし、腹膜透析の患者さんは留めでしたね。看護師の役割を模索するのに、その相談相手は杉谷さんだけでした。相談できる先輩看護師はいませんでした。戦友が同じ瞬間にいたことが大きかったと思います。二人で答えあわせをしていき、『おかしいよね』と自信をもって言えるように勉強しました。そして、これが看護だという軸ができたように思います。」

    「その1年後、認定の勉強をしました。認定の勉強中も模索しました。同僚『「患者さんに共感するのは簡単」や『傾聴することは簡単』ということを聞くたびに、できない自分が意識され、『なぜ簡単と言えるのか?』『なぜ自分ができないのか?』『なぜ、苦手なのか?』の模索をしてきました。医療者として話をすると『言わないといけない』ということが先走りできなくて、人と人で接することでできるようになっていったたように思います。それから、患者さんが理解したということがどのくらい理解したのか?答え合わせを常にしていきました。答え合わせをしながら看護をしていった感じです。」

    深山さんの看護の軸と後輩指導の軸

    田代:答え合わせの積み重ねが自身につながっていったのですね。そのことが、後輩の指導に活かされていますか?

    深山:「今、私が思っていることは、私たちと合って、後悔する患者さんを少なくしたい

    と思っています。その一つとして、腹膜透析外来と療法選択外来の立ち上げでした。患者のセルフケアへのサポートだけでなく、療法を一緒に考え、患者の最善を選択できるよう意思決定支援に看護師が入るようにしました。」

    「しかし選択をした後、それをつなげることができなければ、不満足に陥るので、情報共有の場を作ろうと思ったのが始まりです。『つなげる役割』を認識した時から話し合う(カンファレンス)が始まりました。透析が終わったから終わり、退院したから終わりではなく、患者さんが死ぬときにいい人生だったと言えるためには、私が知り得た情報を必ず二人以上に伝える。自然としなければいけないと思うようになりました。自分が思っていることに偏りがあるかもしれないので、色々な人の意見や情報を聴くことは大切だと思っています。その結果、今、看護師の方から聴いてくれることにとても安心します。カンファレンスをすることで、一気に目標とする方向を見られるし、いろいろな視点で看ることで看護の抜けがないように関われる方法だと感じています。」

    深山さんは、育児休暇明けで透析室に配置されましたが、以前にも透析室で勤務されていたので、2回目の配属でした。その頃はお話にもあるように、急性期看護として、フィジカル重視、治療を優先とした看護の時期があり、それができることが鼻高であったと振り返られます。お話しされた中で、傾聴や共感が不得意で、看護師としての立場で関わろうとすると、『言わなくてはいけない自分が出てしまう』とおっしゃっていたのは、看護師として自分の軸を認識する前のことで、しなければならないことを提供する業務的感覚の方が強かったのかもしれません。後に、患者さんが理解したということが、自分が考える理解と同じかの答え合わせをしていかれた時期は、看護師から患者さんへという一方的ではなく、患者さんが理想とする健康な状態(その患者さんにとってのよりよい状態)にあるのかを確認する、つまり、『それは何の為』という認識に導かれた行動がとれていると考えます。これが先に述べた、陣田泰子先生が言われている「行動が認識に導かれている点に質的違いが出てくる」ということになります。深山さん自身で自問自答したことを、同僚の杉谷さんと答え合わせをし、今は看護師を取り巻くチームスタッフで理想とする患者さんの姿のために尽力されています。

    自然に今の後輩指導やカンファレンスの形態が作られて行っているので、「当たり前」と思っていらっしゃったかもしれませんが、よき指導者の存在、目指すベクトルが同じになるチームの関係性が鍵になっていると感じました。このことは、最後に他のチームが参考にできるように、『成功の循環モデルと看護の知を育むチーム作り』の図を作成しました。成功の循環モデルは、ダニエル・キムが、組織として成果や結果を上げ続けるために必要な要素とサイクルを示した組織開発フレームです。成功循環モデルは、『関係の質』と『思考の質』『行動の質』、そして『結果の質』の4つで構成されます。まさに、職員同士の関係の質がよいからこそ、何でも相談でき、話せる環境にあると言えるでしょう。その結果、看護とは何か、何を目指すのか同じ思考になり、そのための行動が伴うようになり、理想とする結果を手に入れることができます。さらに、現象と本質をのぼり、おりする指導体制が整うことで、好循環の指導のサイクルが現実化することになります。

     最後に、今、深山さんが大切にしていることと、指導の実際について紹介します。

    看護師さんの芽を育てる教育

    深山:「私は、スタッフに怒ることはないですが、患者さんを無視した言葉があった時だけはスイッチが入ります。患者さんが辛いと言って髪を切ったことを後輩看護師が話している場面に遭遇しました。『でも笑っていたから大丈夫だと思う』という言葉に疑問を感じ、悲しさと怒りを感じました。どんな思いがあったのかもわからないし、今後にどう影響するかわからないので、ベッドサイドに行き、時間がかかってもいいから話を聴いてくるように指導しました。そのあとの後輩看護師の看護計画が素晴らしかったです。次の日のスタッフへの伝達、看護計画に涙が出ました。若い子たち、感性がないとか言われますが、そんなことはありません。何が大事かを伝えることが指導者の役割と思っています。そこで笑って終わる管理者ではなく、疑問に思ったことは必ず口にし、指導ができる管理者でなくてはいけないと思います。」

    「カンファレンスは語りの場になって、ナラティブになります。1日10分のカンファレンスが応用力を育てると思います。スタッフは、カンファレンスができないと悔しがります。『カンファレンスにはいってほしかった』と言います。管理者の入ったカンファレンスが必要なのです。若い人の感性は素晴らしく、私たちが20年間悩んで模索してきたことが、今は1年目で気づけている。すばらしいと思います。」

     杉谷さんは、看護師経験22年目で、様々な科を経験したのち、育児休暇明けで5西病棟の透析室に配属になり、慢性腎臓病療養指導看護師の資格を取得されました。先にご紹介した、深山さんと共に悩み、答え合わせをし、求める看護を模索していった方です。

    杉谷さんが看護をするうえで大事にしていること

    杉谷:「透析室に配属され、最初の1年間は緊張感や、『業務を覚えるのに必死で、身体的にも精神的にもきつい状態が続きました。透析室のドアを開けるのが辛かった』と振り返り、「面白くなったのは、透析の患者さんは『関りが難しい』、『こだわりが強い』とマイナス的にとらえられることが多いけど、患者さんと接する中で、会話を通して、患者さんの生活の様子がわかってきて、なぜこだわりがあるのかがわかってきました。その人そんな人じゃないよという状況になりました。」

    田代:これまでの看護経験の中で、忘れられない看護場面がありますか?

    杉谷:「新人の頃、中咽頭がんの患者さんで、人とも会話せず、暴言を吐くような患者さんを担当することがありました。新人の私ができることには限りがあり、ガーグルベースの唾をいつもきれいにして、清潔のケアを一生懸命にしました。足の指も一本一本きれいにしました。最後亡くなられる前に杉谷さんによろしく伝えてくれとおっしゃったことを聞きました。なぜそう言って頂けたのかわからなかったけれど、スキルが何もないながら一生懸命したことが伝わったのかと思いました。直接お礼を言われることはなかったですが、そう思ってくださっていたということを知り、そこが私の原点になっています。」

    田代:そこから大事にしていることとかありますか?

    杉谷:「先入観を持たないで、患者さんに向きあうということをしてきました。糖尿病だから、コントロールができない生活をしてきたとかではなく、その人には途中で受診を辞めてしまった原因があり、生活が苦しくなったこととかそれを理解していくと、共感することができました。先入観をもたないでおこうということをいつも心がけています。」

    杉谷さんが指導をする時に大事にしていること

    田代:その上で、指導をする時に心がけていることはありますか?

    杉谷:「自分は、言葉で伝えることは苦手なので、例えば患者さんが眠れない・せん妄があるときに、まずは患者さんのベース、フィジカルな部分を看て、その原因を考えながら観察をし、解決策を取っていくというようにしています。それでも解決しない時に、タッチングを図ります。新人看護師の指導は、言葉で伝えるより、一緒にベッドサイドに行き、行動で示すことをします。やりかたを示すという感じです。」

    「ある日、興奮していた患者さんがいたので、どういうことなのだろう?と情報を取れない時は、自分がされて気持ちいいことをすることから始めてみてもよいよと話しをして、一緒に患者さんのもとに行きました。私が、患者さんのヘッドマッサージをしてみたら、眠られたということがあり、新人看護師は驚いて、『睡眠を促進するのは薬だけだと思っていた』と言っていました。」

    田代:なぜ、ヘッドマッサージをしようと思ったのですか?

    杉谷:「このマッサージ、タッチングを習得したのは、眼科の術後の患者さんの看護の一環として、マッサージをしたりしていました。眼科の患者さんは術式によっては、うつ伏せで寝たりとかするので、体が凝ってしまいます。また、認知症の患者さんや、がんの末期の患者さんにマッサージをすることが、緩和や安楽につながることを経験しました。それ以降、患者さんに触れることがスムーズにできるようになりました。」

    杉谷さんは、眼科の患者さんの看護の一環として、看護計画にマッサージをするということがあったことで、自然にタッチングの技術、安楽の技術を習得しています。そうは言っても、今回の興奮していた患者さんへのヘッドマッサージは、あまりにも行動が自然体で、患者さんに受け入れられるという杉谷さんの人間性が影響していると思いました。杉谷さんは「抵抗はないです」と笑顔で応えます。もう少し人間性や看護観の背景となるコンテクストを探りたいと思いました。

    田代:言葉で説明するより、一緒に行動する、して見せるというのは自然にできるようになったのですか?

    杉谷:「先輩たちに教えてもらったことでも、患者さんにしっかり触れなさい、直接観察しなさいと言われてきたことが大切と実感しています。今でも実習記録を残しているのですが、それを読み返すと、忘れていたけど私はこんなにすごい指導を受けていた、忘れていたけど、先輩に恵まれていたと思います。その中でも、『あなたが患者さんにやってあげたいことをやればいいのよ。実習の中で一つでもいいのでそれをやり遂げなさい。』と言われたことが一番の救いでした。優先順位とかを気にして何をしていいのかわからなかった時に、この言葉はありがたかったです。看護は一人でするものではなく、チームですることだから、自分にできることを一生懸命すればいいと思いました。私は、人に恵まれていると思います。」

    「後輩からも、自信がない、私にできることは何なのかと悩みを打ち明けられることがあります。そんな後輩に、資格云々ではなく、私たちに求められているのは、苦痛を取ること、そして、私たちにできることは、普通の会話を通して、患者さんの大切にしていることを知ることが大事ではないかと。患者さんが入院生活を快適に送るためには、病気のことだけを優先させるのではなくて、普段の会話、趣味の話だったりすることが患者さんにとってどんなにほっとする時間かを伝えたりとか、どんなふうに残りの時間を過ごしたいのか、やり残したことはないかなど話をすることが大事だと思うということをアドバイスしています。」

    悩みを聴く姿勢・悩みを相談する環境

     杉谷さんは、指導してくれた先輩看護師さんのことを何度も「私は人に恵まれている」という表現をします。実際、恵まれていたのも事実ですが、指導を受け取る感性があったと思われます。そして、何よりも、先輩看護師や指導者に自身の悩みを伝えられたから、必要とするアドバイスが得られたと思います。現在、杉谷さんも、後輩看護師さんから、悩みを相談されやすいと話されます。自身が受けてきた指導内容だけでなく、何でも相談してよいというオープンの姿勢も自然に身に着けているのでしょう。また、それは言い換えると、何でも相談してよいという、先に述べた、成功の循環モデルの「関係の質」が前提にあるということは言うまでもありません。さらに、このオープンの姿勢は対患者さんに対しても発揮され、自然に必要とされるタッチングをはじめとした看護の提供につながっていると思われます。これはまさに、患者さんはどんな人で、何を求めているか、どの技術を提供することが問題解決につながるのかという、ナイチンゲールの三重の関心である、「人間的関心」、「知的関心」、「技術的関心」を注ぎ、成功体験の結果、杉谷さんの得意な看護となっているように思えます。

     杉谷さんは、先に述べた深山さんと看護の答え合わせをしながら、自身の看護観を確立されています。「知的関心」の不足を補うために、専門的知識を学び、「学生時代は、学んでもわからなかったが、家族理論とか、セルフケア理論とかを学ぶことで、あの時のことはこういうことだったのかとか、後から当てはまることが多く、それからが面白みが出てきました。」とおっしゃっています。このことが、看護現場学に求められる、現象を理論に当てはめる「のぼり」の帰納的学習法です。後輩を指導する上で、帰納的学習法と「おりる」の演繹的学習法を意図的に使えるようになることでさらに面白みが増すと考えます。

    伝えていくことで看護の質を保ちたい

    田代:後輩を指導する姿勢とか思いについて教えてください

    杉谷:「言葉にして伝えないと、自分がやってきた看護は継続できないと思いました。自分が知りえたことを伝え続けていくことで、自分がいなくなっても患者さんに不利益が生じないようにすることが大事と思いました。患者さんではなく、人として見てほしいと思います。急性期病院ですが、患者さんを長い人生として見てほしいと思います。そうすることで、看護の楽しさを感じてもらいと思っています。楽しさを共有したいから、つい『楽しいでしょ?』と言ってします。自分の行動や言葉で、どんなに患者さんが救われるか、影響があるかを感じてほしいです。」

     よい指導の循環は、よい指導を受けること、指導者の中に、こだわる看護があること、一緒によい看護をしていきたいと思うこと、一人ではできない看護を、チームの力で、組織の力で進めることができたらどんなにすばらしいだろう。これが、熊本医療センターの5西病棟でできていることに誇りを感じます。

    田中さんは、看護師経験10年目で、学生時代、5西病棟で実習をした際、看護師さんたちの雰囲気がよかったからという理由で5西病棟を希望して、配属されました。

    最も印象に残っている指導方法

    最も印象に残っている指導は、「言葉だけでなく、一緒にやってもらったことが一番よかった」また、「マニュアルにもどって、理由があることを示してくれた先輩がいた」と話してくださいました。学生時代に受けてよかったと思う指導は、実際に自身も取り入れ後輩の指導に活かされています。また、入職後に受けた指導でありがたいと思っていることとして「歓迎会の開催してくれた人への感謝、提出物についても見てもらうことへの感謝を伝えるなど社会的マナーにつての指導を受けたことがよかったです」と話されました。職業人として、看護の専門性のことだけでなく、社会人としてのマナーの指導を行うことに尊重と愛情を感じます。

    よい指導の循環は、よい指導を受けること、反面教師の姿勢、指導者の中に、こだわる看護があること、一緒によい看護をしていきたいと思うこと

    田代:後輩の指導をする時に心がけていることはありますか?

    田中:「食事セッティングはベッドをギャッジアップして配膳するだけではなく、一緒にすることで、何に注意しなければならないのかを伝えるようにしています。また、マニュアルを一緒に確認するなどをしています。これは自分が受けてよかったと思うことですが、プラス、『こうしてほしかったこと』、『自分が指導されていやだったこと』をしない様にしています。」

    「新人1年目の時に、患者さんのバイタルしか取れておらず、記録を読み返した指導者から、不足する観察点を指導され、観察できていないと『患者さんを殺す気?』と言われたことが傷つきました。」

    よかった指導は繰り返され、もっとこうしてほしかったという指導はその体験より、反面教師として今の指導に活かされています。今となっては、冷たい言葉も、よい意味で捉えることもできますが、先輩看護師との人間関係の構築ができていないことや受け入れるだけの余裕すらない新人看護師にとっては悲しいものになったでしょう。田中さんはその時のことを笑って話されましたが、自身が傷ついた経験をよき指導に変えていく田中さんの優しさを感じました。

    先に、よい指導の循環は、実際によい指導を受けること、指導者の中に、こだわる看護があること、一緒によい看護をしていきたいと思うことと述べましたが、反面教師の姿勢を追加し、「よき指導の要素」として、成功の循環モデルと4つの指導観を図に表現しました。

    田代:もっとこうしてほしかった」ということの具体例をもう少し教えていただけますか?

    田中:「今、プライマリーナースを促進されているが、今の子たちは恵まれていると思います。私たちは、その環境がとれませんでした。日々受け持ちが変わり、プライマリーナースとしての行動ができませんでした。今は、先輩から『この人は今どんな感じ?』、『カンファレンスをした方がよくない』、『情報とか取れる?』『こういうシーンが必要じゃない』と背中を押してもらえるので、プライマリーナースとして患者さんの一番の理解者になろうとしている様子がみられます。また、新人看護師自ら、受け持ちたいということも発信しているので、日々の受け持ちの部屋割もプライマリーナースの役割が取れるように配慮されます。受け持ち看護師と責任を持つ行動が取れるので、意思決定や治療方針の決定とかを意識して行うことができます。新人看護師は、『やらなきゃ』と焦る部分もあるかもしれませんが、実は恵まれています。」

    「また、休憩室で、患者さんのことの相談がよく持ち上がっています。アドバイスを受けて、すぐに行動を取れるという環境にあります。私たちの時はそれが当たり前ではなかったのですが、今は、この環境が当たり前になっています。ただ、問題は、それが記録に残らないということです。」

     成功の循環モデルの要素である「関係の質」、「思考の質」、「行動の質」「結果の質」のサイクルが効果的に回り、以前はできていなかったことが「当たり前」の環境になる組織風土が形成されていると言えます。田中さんは、「今の新人看護師はよい状態からスタートしている」と表現されます。杉谷さんと深山さんの言葉で表現すると、「私たちが悩み、答え合わせをした試行錯誤の20年間を今は1年目で気づける」ということだと思います。この進化はよき指導者、よき組織風土の結果に他なりません。私たちの医療現場は、常に進化し、高度な医療、看護が求められるため、指導も成長も同じではいけないのです。

    看護師としての姿勢を意識化していく

     看護師経験10年目の田中さんが、成長したと実感した看護体験について、看護師経験、3年目の時の摂食嚥下リンクナースとしての成功体験が嬉しかったこと話してくださいました。また、看護体験として、吸引のケアについてジレンマに陥ったことを教えていただきました。吸引は必要ですが、患者さんは嫌がっているという状況をどう考えたらいいのか、同僚で話し合った結果、「答えは見つからなかったが、できれば、肺の音を聴いて必要最小限に吸引しようと思いました。」とジレンマの答えとされたようです。

    では、この体験がなぜ思い出されたのかという点について、未来に向かって看護をしていく上で、きっと田中さんのこだわりの部分になるのではないかと思います。陣田康子先生の言葉に「看護師としての思いは、はじめは,気になったり感じたりしただけのことが,年月を経て,多様な実践を通して,強い信念となる。それは高い次元の知識である。」ということがあります。患者さんの命を守るために行う吸引の技術を作業として実施するのではなく、今の患者さんの状態を判断し実施する、あるいは、苦痛を最小限にする技術を提供するという「認識に導かれた行動」を無意識にとられているのではないかと思います。さらに、陣田式概念化の本質は,無意識でやっていることを意識化することにあります。この意識化するのは、大串正樹先生の言葉にあるように、「技術ではなく(看護師としてやり続けている自分の)姿势である」と言えます。

    ここまで、3人のナレッジワーカーのインタビューをもとに、現場での効果的なOJTについてまとめてみました。多くの病棟では「カンファレンスは忙しいからできない」、「OJTは難しい」という声が上がります。カンファレンスをしなければいけないからするという形ではなく、立ち止まった時に、一緒に考える姿勢を持つことから始めてもよいと思います。この内容が多くの方の参考になればと願っています。

    ご協力いただきました国立病院機構熊本医療センターの皆様に感謝申し上げます。

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